1 同意なしの別居と悪意の遺棄

悪意の遺棄とは法律上の離婚原因の一つであり、正当な理由なく夫婦の同居義務、協力義務、扶助義務、生活費の分担義務を果たさないことがこれに該当するとされています。

配偶者の同意なく別居することは、夫婦の同居義務に反することから、悪意の遺棄に該当するとも考えられます。
しかし、実際には、悪意の遺棄に該当するかは種々の事情によるところであり、単に配偶者の同意を得ずに別居したこと自体が悪意の遺棄に該当する可能性は低いでしょう。
以下、裁判例を踏まえて解説いたします。

(1)悪意の遺棄を認めた裁判例

【浦和地方裁判所昭和60年11月29日判決】
夫が、半身不随で右手・右足が使えず、右足が利かないため歩行困難で歩行するためには杖が必要な状態の妻を置いて、正当な理由なく家を飛び出して長期間別居を続け、その間に生活費を全く送金していないことから、悪意の遺棄に該当するものとされ、妻からの離婚請求が認容された。

【名古屋高等裁判所平成21年5月28日判決】
夫が不貞行為を行い無断で外泊するようになり、妻に対して離婚を迫ったうえで、妻が夫婦関係円満調停を申し立てているにも関わらず、転居先を隠したまま別居した行為が悪意の遺棄に該当するとされ、妻からの損害賠償請求が認められた。

【東京家庭裁判所立川支部令和4年10月20日判決】
夫が妻に対して離婚を請求したところ、夫が別居後に婚姻費用分担請求調停が成立するまでの間の生活費を支払っていなかったこと、妻や子の生活する自宅のガスを止めたことのほか、別居当時妻が専業主婦であり長男が2歳、長女が生後7か月であったことも考慮し、夫が悪意の遺棄を行った有責配偶者であるとして離婚請求が棄却された。

(2)悪意の遺棄を認めなかった裁判例

【大阪地方裁判所昭和43年6月27日判決】
夫が、仕事のためと称して、出張を繰り返し、妻の住む自宅とは別に旅館の一室を借りて住み、1か月の大半を家庭外で過ごし、少ない時は二日程度しか帰宅しなかった等の行為が、悪意の遺棄というには足りないとされた(ただし、婚姻関係は破綻しているとして、妻からの離婚請求自体は認容された)。

【東京地方裁判所平成28年1月27日判決】
妻が別居した行為について、円満な婚姻関係を回復する見込みはほぼなく、その原因は夫にあることから(妻に相談しないで区議会議員選挙に立候補した、十分な生活費を渡さない一方で自分の資格取得等には金銭を費消した、家事や育児に協力しなかった、妻や妻の両親のことを罵倒した)、別居には正当な理由があり、同居等義務違反にはあたらないとして夫からの慰謝料請求が棄却された。

【東京地方裁判所令和3年1月15日判決】
夫が、妻が夫婦改善の努力などをせずに子を連れて別居した行為などが悪意の遺棄に該当するとして不法行為に基づく損害賠償請求を行ったものの、同居前より夫婦が互いを強い表現で非難するなど、同居が困難な状態にあったことから、悪意の遺棄にあたらないとされた。

(3)まとめ

以上の裁判例を踏まえると、他方の配偶者の同意なく別居した場合であっても、
・仕事のために別居した
・他方が原因で夫婦関係が破綻したために別居した
・同居が困難な状態にあったため別居した
など、別居に正当な理由があれば悪意の遺棄には該当しないと考えられます。

他方で、
・介助が必要な配偶者と別居した
・別居したうえで生活費を渡さない
・配偶者が関係修復を求めているのに一方的に別居した
などのケースであれば、悪意の遺棄に該当する可能性もあるでしょう。

2 同意なしの別居のリスク

(1)法定離婚原因となる可能性がある

悪意の遺棄は法定離婚原因となりますので、別居をした側に離婚の意思がなくとも、別居をされた側が離婚訴訟を提起した場合に、裁判所によって離婚が認められる可能性があります。

他方、別居をした配偶者が離婚を希望する場合、法定離婚原因があることには問題がないようにも思えます。
しかし、自ら離婚原因を作出した有責配偶者からの離婚請求は基本的に認められないものと考えられており、したがって、別居をされた配偶者が離婚を拒否した場合に、離婚訴訟でも離婚が認められない可能性があります(有責配偶者からの離婚請求が認められるケースもありますが、要件が非常に厳しいです)。

(2)慰謝料請求の根拠となる可能性がある

悪意の遺棄に該当するようなケースであれば、同意なく別居をしたことが、他方の配偶者からの慰謝料請求の根拠になる可能性があります。

3 同意なしの別居と婚姻費用

夫婦は法律上の婚姻関係にある限り扶助協力の義務を負いますので、別居することに同意がなくとも、原則として婚姻費用の請求をすることが可能です。

例外として、別居の原因の大部分を作った配偶者(不貞行為を行った配偶者など)が、自ら別居したうえで婚姻費用を請求することは、信義誠実の観点から制限される場合があります。

4 別居前に検討すべき事項

(1)子どもの環境の変化

両親の別居は、子どもからすると、両親がそばにいた状況が崩れ、また、別居先に子どもを連れていく場合は引越しや転校をすることになるなど、大きな環境の変化を伴うものです。
このような環境の変化は子どもに多大な不安やストレスを与えてしまう可能性があります。
そのため、子どものためという観点から、子どもの環境の変化に注意を払うことが重要です。

例えば、子どもを連れて別居する場合であれば、子どもを転校させないよう、付近に引っ越すことが可能か、あるいは車による送迎が可能かなどを検討することになります。
また、子どもは両親の別居について、自分に原因があるのではないかと不安になってしまったり、片方の親に捨てられたような感覚を抱いたりしてしまう可能性があります。
そのため、子どもに別居についてどのように説明するか、別居後の面会交流をどのようにするか検討しておくことも重要でしょう。

なお、DVがあるようなケースではこれと異なる配慮が必要となります。

【関連Q&A】
●夫からDV(暴力)を受けており、逃げ出したいのですが、まずはどのように動けばよいのでしょうか?

(2)別居後の生活

同居時は夫婦の収入で生活していた場合であれば、別居後の生活をどのようにするか、ということも検討しておかねばなりません。

このことは、典型的には、子どもの世話をしながら専業主婦(夫)やパートをしていた側が、子どもを連れて別居する場合に問題になります。
そのような場合、別居後速やかに婚姻費用を請求して生計を立てるなどの対応を検討する必要があります。